グランデザインのブログ

2018年01月13日 地鎮祭への姿勢

本日地鎮祭を行いました。

 

晴れていたのですが、尋常じゃなく寒い。

 

地鎮祭は大切な神事です。

 

その土地の氏神を鎮め、土地を利用させてもらうことの許しを得ます。

 

そんな大切なときに寒いなど考えてはいけないのでしょうが、寒いものは寒い。

 

しかし地鎮祭が始まると心を集中させて、この建物の完成と関係者の無事を祈ります。

 

私は地鎮祭というものをとても重要に考えています。

 

 

建築の一番初めの関係者で行う行事だからだということもそうですが、若い頃のある信じられない経験からとても重要だと心から思うようになったのです。

 

ほんとに若い若い頃、初めて地鎮祭というものに上司とともに脇で参列させていただいたとき、地鎮祭の手順など何も分からずただただ隅で眺めているだけの状態でした。

 

そして設計事務所の刈り初めの儀で普段温和な社長が、引き締まった力強い声で「エイ!エイ!エイ!」と掛け声を発したときに、いつもと声が違う違和感に少しおかしく思ってしまいました。

 

そんな不謹慎な姿勢であったため、神事の後にもの凄く両肩が重くなり、頭痛と吐き気を伴い、体調が一気に悪化したのでした。

 

この時のことを反省とともによく覚えています。

 

それ以来、神事を行事と思わず、その物事の本質に沿うよう心を流して表層的ではなくシンクロするような感覚でお祈りをする。

 

神事とはそういうものだと考えるようになりました。

 

頼みごとではなく、自身の心と精神の浄化のために行うものだと思います。

 

皆での集合写真です。

 

 

心を浄化するとこのような顔になります(笑)

 

 

お施主さん本日はおめでとうございます。

 

 

 

 

 


2018年01月11日 若い頃に極暖ヒートテックがあったなら

今日は一日中住宅のプランをまとめていました。

 

途中に仲のいい工務店さんが事務所に寄ってくれて、最近寒くなったという流れから、ユニクロの極暖ヒートテックの話になりました。

 

私も愛用していますが、従来のヒートテックよりやや厚めで内側の生地が起毛になってさらに保温効果が高くなっています。

 

若い頃、私も設計ではなく工事側の人間だったので、冬の外の現場仕事は体にこたえました。

 

昔からこんな素晴らしいものがあったらよかったのにと、少しばかり昔話に花が咲きました。

 

20歳から25歳まで、山の上に建つ送電線鉄塔工事に携わっていましたので、冬の寒さについては特に気をつけなくてはなりませんでした。

 

日々山を登り、更に100Mほどの鉄塔に登ります。

 

塔上は吹きさらしの状況で、長いときは半日そこに居なくてはならないこともありました。

 

時には雪の白いカーテンが遠くから迫ってくるのが見えたりと、なんとも神秘的なシーンにも遭遇するのですが、手袋ごと凍るといったこともあったり、100M上空の足場に雪が積もって滑るといった恐ろしい思いもしました。

 

防寒着は着込めば着込むほど動き辛くなりますし、重くもなります。

 

だから体に負荷がかかって肩がこったりするわけです。

 

この当時に極暖ヒートテックがあったら確実に重宝していたでしょう。

 

振り返ると若いときによい経験をしたなと思います。

 

こんな特殊な経験はこの先もなかなかできるものではないでしょうし、何より辛いことは若いうちに買ってでもしておけば、その先のメンタルキャパシティが大きく膨らむと思います。

 

そしたら今なら尚、高性能な服着て登れるんじゃないかって?

 

それは無理でしょー。

 

だってしんどいもん(笑)

 

若い頃の写真が一枚だけ出てきました。

 

 

舞鶴ですね。

 

季節のよい時でしょうね。

 

全く思い出しませんね、この時の感情。

 

彼は何を笑ってるんでしょうか?

 

自分がまるで他人のようです(笑)

 

 

 

 


2018年01月09日 丸刈りと個性

最近、中学校の丸刈り制度廃止が遅かった神戸市についての記事を読みました。

 

現在では考えられないと思いますが、神戸市内の市立中学校は男子生徒全員、強制的に丸刈りをしなくてはならない校則がありました。

 

私は小学生時、髪は坊ちゃん刈りのような長さで、6年生になってスポーツ刈りのような短さにし、慣らしていったのを覚えています。

 

この校則についてどうだったかと改めて考えると、そこまで嫌という感覚もなく、皆そうだから仕方ないという割り切った感じでした。

 

デメリットかどうかだが一目で中学生と分かることくらいなもので、頭を乾かす手間が省ける、髪型を考えなくてよい、散髪代が安いなど、恩恵の方が多かったように思います。

 

「個性の尊重」という観点でこの丸刈り制が廃止されたということだけど、個性なんてものは、髪型で表現するものではなく、内面的なものだと思うので、私の時代の丸坊主中学生たちは個性に満ち溢れていましたけど、と腑に落ちない間隔になります。
髪型で奪われるような個性なんて個性とは言わないでしょ。

 

周りの丸刈り世代も、このことを悪く言う人は一人もいないし、まあ知らないところに嫌だった人もいるだろうけど、皆同じ条件だし、逆にある程度髪型自由というほうが、困ってしまいそうです。

 

その反動で現在こんな長髪にしているわけではなく、これはこれで、髪型を一定に保てるし、散髪行く回数は少ないし、寝癖もつかないし、整髪料もいらない。

 

 

高専時代は髪を染めたり、整髪料つかったりしてたけど、それはそれでいい思い出で、でも今できるかといえば時間の無駄だとしか思えない。

中学生時代を再現してみました。

 

 

あっ、これ顔が老けたままですね。

 

顔も忠実に中学生時代に戻してみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実に男前でした。
個性が前面に出てます(笑)

 

丸刈りが個性を圧迫するかといえば、全く関係ないなと思った次第でした。

 

 

 


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