カテゴリー別アーカイブ: ドイツ建築

ホロコースト慰霊追悼碑 =The Holocaust Memorial=

ブランデンブルク門から、すぐの所にあります。
高さをに変化のあるコンクリートの塊の間に均等な間隔の通路があります。
アメリカの建築家ピーター・アイゼンマンにより設計されました。
ホロコースト追悼碑1
「ホロコースト」とは大量殺戮という意味です。
ナチ政権により行われたユダヤ人の大量殺戮のことをさします。
世界で広く知られているこの事件ですが、このことを否定することもあるようです。
確実な証拠が残っていなかったり、というような理由などでそうなるようです。
ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では、ナチスの犯罪を否定、即ちホロコースト否定を行うことを刑法で禁じています。
この追悼碑がどのような表現の元このように計画されたのかは分かりませんが、深くて重い空間に立ち入った感じを受けました。
コンクリートがその重々しさをじっと蓄えているような感覚でした。
ホロコースト追悼碑2
ホロコースト追悼碑3
この追悼碑を見た後ですが、遅ればせながら「シンドラーのリスト」という映画を見ました。
オスカー・シンドラーというナチス党員がユダヤ人を救出するという、アカデミー賞7部門で受賞した名画です。
ぜひ機会があれば見てみてください。
いろんなことを感じると思います。
ホロコースト追悼碑4
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ドイツ連邦議会議事堂 =Deutscher Bundestag (Reichstag)=

ドイツ連邦議会議事堂に訪れました。
議事堂前の広場まで見学者の列が続いていました。
ドイツ連邦議会議事堂1
ドイツ連邦議会議事堂2
セキュリティーチェックを終えて、エレベーターに乗って議事堂のガラスドームを見学しました。
まるで、SF映画のワンシーンのような空間です。
ドイツ連邦議会議事堂6
イギリスの建築家ノーマン・フォスターにより1999年に改修工事が完了しました。
ガラスドームの頂部には展望台が設けられており、ベルリンの街を一望できます。
ドイツ連邦議会議事堂3
そしてこの展望台から真下を見下ろすと、議会の様子を窺うこともできます。
このウロコのような鏡は、自動制御により太陽光を下の議会室等に導く役目をしています。
ドイツ連邦議会議事堂5
ドイツ連邦議会議事堂4
感動というより唖然といった感想でした。
この日の晩ご飯は、ユースホステル近くのスーパーで、ハムと食パンを買って帰って一人で食べていたのを思い出しました。
昼間に見た近未来的な空間とのギャップで強く印象に残っています。
ドイツは早い時期から、地球環境問題について取り組んでいるので、当然スーパーのビニール袋はありません。
食パンとハムを裸で持って、寒くて暗い路地を歩いて・・・。
「こっちにも自動制御で光あててくれよ


さて、ノーマン・フォスターで思い出しましたが、彼はマンチェスター大学とイェール大学で建築を学びました。
マンチェスター大学の彼は頑張っているのでしょうか?
以前ブログに書いた、広島辺りを自転車で旅行中に鹿に地図を食べられた彼です。
もし偉大な建築家になったなら、自動制御で心にも光があたるものを造ってください。


アインシュタイン塔 =Einsteinturm=

ベルリンから30kmほど離れたところにポツダムという所があります。
第2次世界大戦でアメリカ、ソビエト、イギリスが日本に全面降伏を要求したポツダム会談が行われた所で有名ですね。
ベルリンから近郊列車に乗ってポツダムまで行きました。
ここにはサン・スーシ宮殿(世界遺産)やツィツィーリエンホーフ(世界遺産:ポツダム会談が行われた場所)など名所がいくつかありますが、その中でもアインシュタイン塔は特に訪れたい場所でした。
アインシュタインが提唱した相対性理論を実験検証するために造られた建物です。
昔から天文学に興味があったので、とても興味のある所でした。
地図も何も持たずに行ったので、ポツダムの駅を降りてもどっちに行けばいいか分かりません。
このアインシュタイン塔の記事と簡略な住所だけだったので、タクシー運転手に見せて道を聞きました。
タクシーなど乗るお金は持っていなかったので、とりあえず道のプロに聞くだけです。
「いや~知らんな~。」
なんでやねん
仕方なく住所でだいたいの場所だけ聞いて、そっちの方向に歩きながら聞くことにしました。
すると・・・
おっおばあちゃん発見
年寄りはどの国でも親切にしてくれます。
・・・無視されました・・・。
なんでやねん
人も全然歩いてないし・・・とてもツライ・・・。
すると、ジョギングをしている中年夫婦が現れました。
妻「あ~アインシュタイン塔ね
妻「この丘を登ったところにあるわよ。」
ボク「どこから登ればいいんでしょうか
妻「あそこの木があるでしょ。そこから歩くと建物が見えてくるから○★△■○▽・・・。」
夫「登り口まで一緒に行こう
ボク「いやっ悪いですよ・・・。」
夫婦「休日だから時間はあるんだ。一緒に行こう
ボク「サンキュ・・・いや、ダンケシェーン
またひとつ美しいことがありました。
ひとりの時は一日にひとつ、こういうことがあれば何よりも幸せになります。
そしてしばらく丘を登って行くと、森の中に現れました。
エーリッヒ・メンデルゾーンが設計したアインシュタイン塔です。
アインシュタイン塔1
頂部から入る太陽光を地下室の鏡で水平方向に導いて、スペクトルの変移を観測します。
この太陽光の道筋が建物の形を決めるので、このような潜水艦のような形になっています。
アインシュタイン塔3
構造はレンガ造、コンクリート仕上げです。
ドイツ表現主義の建築・・・十分表現できていると思います。
アインシュタイン塔4
当然中には入れませんが、美しいフォルムです。
馬に載った騎士のようです。
チェスの駒で出てきそうです。
十分堪能した帰り、しっかり違う方向の電車に乗ってしまいました。
途中で気付いて、駅員に言うと切符はいいから、次で乗り換えなさいと言われました。
JRなら確実に追加料金発生です。
ドイツでは少しリラックスできました。


ポツダム広場 =Potsdamer Platz=

ベルリンのミッテ区にある、現代的な建物がそびえる広場です。
ポツダム広場2
ポツダム広場3
1930年頃までは大変栄えていました。
第2次世界大戦の空襲で多くの建物は破壊され、その後のドイツ東西冷戦の間に、このポツダム広場はただの空地となってしまいました・・・。
しかし1989年のベルリンの壁崩壊後、ベルリン市がこの地を見直し、土地を4つに分けて、それぞれディベロッパーに売却しました。
ベルリンの壁
<ベルリンの壁>
その中でも最も規模の大きい開発をダイムラー・ベンツが行い、そのマスタープランをレンゾ・ピアノが担当しました。
そしてその中のフォルクス銀行本店を磯崎新さんが設計したのです。
磯崎新さんと言えば、建築関係者ならほぼ100%知っていると思いますが、他の業種の方なら知らないという人も多くいるでしょう。
http://www.isozaki.co.jp/参照)
イタリアのユースホステルでドイツ人と一緒の部屋になったことがありましたが、その人に建築物を見てまわっていると伝えると、「アラタ・イソザキ知ってる」と聞いてきました。
思わず、「建築勉強してるの」と聞きました。
「建築は分からないけど、日本に興味があります。」と言っていました。
ドイツでは日本人はすごく丁寧に扱われているように思います。
他の国では、「日本スキでーす。」と言ってスキを狙っている・・・やつもいっぱいいるけど、ドイツ人のそれには本当に心がこもっているように感じました。
歩き疲れてユースホステルに帰ってくると、ドイツ人の英語に付き合わされます。
英語は非常に苦手なので、ほんとに疲れますが、親睦を深めようとしてくる姿勢を無視はできません。
ゲルマン「ドコニ スンデルノ
ボク「神戸シティです。」
ゲルマン「コーベシティ
(・・・知らんのですか日本に興味あるってゆうたやん。)
ボク「大きなアースクエイクがあった所です。」
ゲルマン「エ~ホントニ~
ボク「・・・大阪の隣らへんです。」
やはり大坂や京都には敵いません。
そんなこんなでゆっくり休みたいのに話は続いて、ようやく・・・
ゲルマン「ジャァ マタ アシタ
ボク「おやすみ。」
ようやく開放されました・・・。
さあ明日行く場所を調べよう・・・。
ゲルマン「アシタ ドコイクノ
もうえぇ~ってっ
どこの国でも、KYはキケンですね。
ポツダム広場1
<ポツダム広場で2番目に大きいソニーセンター>