カテゴリー別アーカイブ: 趣味

遊びとは創意工夫すること

最近では、親子でキンケシにはまっています。

 

現世代の子供は、キン肉マンのことをほとんど知らないでしょう。

 

私たちが子供のころは、知らない人はいないくらいでした。

 

中でもキン肉マン消しゴム、通称キンケシは、爆発的な大ヒットでした。

 

そして、今世代を超えて、我が子たちが、このキンケシで遊んでいます。

 

数年前から、子供の頃からの続編を、開始しています。

 

キン肉マン全盛時代の世代が、大人になって本編再開とは、うまいな~とは思うのですが、まんまとはまってしまってます。

 

その影響で、我が子たちも、周りとは逸して、キン肉マンにはまることになりました。

 

昔のキンケシを引っ張り出してきたり、新しく買ったりしながら、昔と変わらず遊んでいます。

 

プロレスといえば、やはりリングが必要です。

 

こういうときは、LEGOブロックが、活躍します。

 

子供と一緒に、リングを作り、輪ゴムのロープを張って、片持ちのギャラリー席まで設けて、更に!このリングは基礎部分との間にターンテーブルを挟み回転するんです!

 

 

子供たちも、この空中リングから下に落ちて、「うわ~」とかやってます。笑

 

昔よく見た光景です。笑

 

建築やってる人で、昔LEGOで遊んでた人多いみたいですね。

 

感覚的に構造力学が身につく、素晴らしいブロックです。

 

このリングなら、回転時に安定する基礎部分の接地面積はその程度か、ギャラリー席の持ち出し部はどのような組方をすれば丈夫になるかとか、輪ゴムの内側への引っ張りに耐えるにはどのくらいコーナーポストに抵抗がいるかなどです。

 

こんな物理的なこと考えるのは、大人になってからですが、こういうことが、感覚的に身につくわけです。

 

キンケシというサイズが、仮想体験させてくれる。

 

創意工夫で、世界はどんどん広がっていくのです。

 

 

 

 

 


小説を書く

前から、いろんな題材で、時間のあるときにコツコツと、小説を書いていますが、書き切るというのは非常に労力がいります。

 

最近、超短編ではありますが、ひとつの小説を書き終えました。

 

基本的に、純愛というものをテーマに書いています。

 

夏目漱石の「こころ」は、私にとって小説というものの意味を、大きく考えさせてもらった作品です。

 

人のこころの様相を、文字で書くのは簡単だけど、描くのはとても難しいのです。

 

必ずしも、丁度いい言葉があるとは限りません。

 

だから、文字で描くには、その場所の雰囲気や、周囲の状況などから、浮き立たせるように文章を組み立てなければいけないのです。

 

今回の作品は、何人かに読んでもらい、いろんな有難い意見をいただきました。

 

想像した場を、文章で表現するということは、建築と同じように感じています。

 

建築は、想像した空間を物や寸法で表現していきます。

 

それは、突然変異的なものはなく、必ず意味があり、ストーリーがあります。

 

だから、この仕事をしていて、小説を書くというのは、必然なようにも感じるわけです。

 

ただ、小説も、建築同様に、全く展開が広がらないとか、適切な表現が生まれないなど、悩みも多くあります。

 

本職ではないので、悩んでも深く落ちることはありませんが。笑

 

今も、ひとつの作品を書き始めているのでが、一回書き直し、二回書き直し、只今三回目でございます。

 

全体の情景はボヤっとあるのですが、方向を定めるのに苦労している感じです。

 

でも、現実ではない世界を、表現することって、とても素晴らしいことです。

 

建築をある程度長くやっていると、頭の中でも現実味を帯びすぎるんです。

 

リアルに想像しすぎてしまうというか、余白がなくなっていくんです。

 

小説を書くことは、想像力をつなぎ止める、とても自分にあった手段だと思います。

 

いつか、自分が納得のいく小説を完成させたら、なんらかの場で発表します。

 

お楽しみに。

 

 

 

 


筋トレによる効果

年とってからは、長続きしない筋トレ。。。

 

若いころは、筋肉を鍛えるのが楽しかったのだが、今では何が楽しいのか全く分からない。

 

特に30歳を超えてからは、ろくに運動もしていないので、体が急速に衰えているのが分かる。

 

運動しないとと思うけど、都合の良い理由を見つけて、なかなか重い腰が上がらない。

 

しかし、なぜかここ2週間欠かさず筋トレが続いている。

 

お腹の脂肪って、触ると冷たくて体温を感じない。

 

それに違和感を覚えて、ふと昔のように腹筋を割ってみたくなって、なぜか続いている。

 

こんな私でも昔はスポーツジムのインストラクターのバイトをしていたことがあった。

 

今では誰も信じてくれないし、自分でも作り上げられた妄想かもしれないと思うほどだ。

 

若かったので、乱暴な指導をしていた。

 

「どうやったら痩せて筋肉質になりますか?」というお客さんの質問に対して、「飯をちゃんと食って、筋トレちゃんとしたら、筋肉質になりますよ。やるかやらんかでしょ。」

 

みたいな感じ。

 

この度は、あまり気張らずにゆっくりと筋肉を作り上げていこうと考えている。

 

まさに大人の筋トレだと思う。

 

無理して負荷をかけると、超回復の前にどこかが損傷してしまう。

 

超回復ではなく、微回復(イメージ)程度を繰り返す。

 

あとは負荷をかけたときに、酸素をその部分に送り込むことを意識して効率を上げる。

 

痩せるという意識は持たずに変換するという意識でやると、なかなか続くものだ。

 

お腹が割れるには程遠いが、インナーマッスルは強化されているのが分かる。

 

最近は駅の階段を駆け足で昇りたくなる。

 

筋肉に刺激を与えると、筋肉が動きを渇望するような感じだ。

 

すると意識も若返るような感覚になる。

 

やっぱり何でも意識なんやなぁと思う。

 

意外と筋肉って意識だけでついてるのかもって考えてしまう。

 

オリンピック選手も並々ならぬトレーニングをして結果を出すけど、それも誰よりも速くとかそんな意識の強さ比べかもしれないなって考えてしまう。

 

そしたらトレーニングせずに意識だけ高めたらいいやんって。

 

こんな人間は、結局のところ本当の意識をもつことはできないのかな。

 

心身ともに鍛えなくては駄目ということですね。

 

この年になっての筋トレはいろんなこと考えられて、実に面白い。

 

筋肉鍛える意外の効果のほうが、魅力的です。

 

 

 


カテゴリー : pickup | 趣味

投 稿 日 : 2018年2月22日

カブトムシと時間

先日、カブトムシ20匹すべてが無事羽化しました。
まだ羽化して間もないので、外に出てこず土の中でゆっくり過ごしています。

 

カブトムシとの付き合いも長いのですが、約1年で命をまっとうするのを見ていると、とても短い生涯だなと思います。
ですが、そう思うのは人間をベースに考えるからであって、カブトムシ自身は短いとか考えてないでしょう。

 

カブトムシと人間の時間の感じ方は同じとは言えないのです。

 

生物ごとに寿命が違うというのも不思議です。

 

寿命は同じだけど、時間の感じ方が違うということも考えられます。

 

もしすべての生物と呼ばれるものの寿命が同じだとしたら、
カブトムシの平均寿命1年=日本人男性の平均寿命80歳
となります。

 

では、カブトムシを人間の時間軸に合わせると、卵から羽化までが約8ヶ月なので、現在のカブトムシの年齢は、80歳x8ヶ月/12ヶ月=53歳です。

 

私よりすでに先輩です。

 

カブトムシの時間は我々人間の約80倍のスピードで流れているということを、否定することはできません。

 

その速度の中で彼らが感じてることを我々は感じることができません。
彼らからすると、我々の手が数ヶ月かけて徐々に近づいてきて、数ヶ月かけて角をつままれて持ち上げられる。
彼らからすると、どういう状況か理解できていないのだろうと思う。

 

我々も自らの意思で行なってると思ってることが、もっと大きな何かに操られているだけかもしれない。
我々はその存在を理解することはできないのだろうと思う。

 

久々にスケッチをしながら、カブトムシを注視していると、もっと頑張らねばと思うのでした。

 

IMG_2873

 

 

 

 


カテゴリー : pickup | 趣味

投 稿 日 : 2017年6月29日