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建築の歴史を辿る

私の出生地である大阪府枚方市三矢町。

 

そこは、江戸時代に枚方宿として、大阪から京都に続く京街道の宿場町として栄えていました。

 

そしてそこには本陣という大名たちのための宿泊施設がありました。

 

本陣跡資料のコピー

 

今は現存せず、跡地の一部として三矢公園があります。

 

そんな歴史も知らずに、小さい頃はその公園でよく遊びました。

 

その頃から30数年経ち、現在枚方市三矢町の友人から依頼され本陣について調査しています。

 

枚方宿本陣についての文献は乏しく、実際の姿は分かりませんが、調べているうちにある情報に辿りつきました。

 

和歌山県にこの本陣の一部が移築されたという情報です。

 

役場の教育課の人に連絡をとり、事情を説明すると、快く調べてくださり、ある一軒のお屋敷に辿りつきました。

 

確証はないけど、可能性のある建築です。

 

近隣の方にも話を聞くことができ、可能性のあるお屋敷の歴史的価値が高まってきます。

 

そのお屋敷の所有者の方にも見せていただく承諾をとり、その建築を調査させていただきました。

 

この建物が本陣の一部であるかの確証には至っていませんが、たいへん貴重なものに触れました。

 

建築というものの力を知りました。

 

建築が歴史を教えてくれます。

 

いろんな歴史の中で建築は生まれるのですが、建築から読み解く歴史は、大きな歴史の流れの中の一点を、より身近でより濃く教えてくれます。

 

建築に携わる中でこれ以上に未知でおもしろいものはないかもしれません。

 

引き続き、同時期に建築された他の現存する本陣と比較したりと調査を続けますが、どのような結果であれ答えに辿りつくのが楽しみでありません。

 

東京建築探訪

偉人の建築に触れるのは、建築を考える上で最も重要なことであり、学びの基本であると考えています。

 

忙しくてそういった時間が減ってしまっているのを感じてはいますが、合間をみて訪れて感じるようには心がけています。

 

今回は、世界的有名建築家の磯崎新さんの処女作である木造住宅に訪れました。

 

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美術家である吉村益信氏のアトリエ兼住宅として1957年に建築されました。

 

白いモルタル塗りの外壁から、「新宿ホワイトハウス」と呼ばれ、今はカフェとして使用されています。

 

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カフェとして中に入ることができるというのは、とてもありがたいことで、住宅として建てられた場合は外観しか見ることができないということがしばしばあります。

 

中に入りゆっくりとカフェオレをいただきながら、その空間を感じることができ、とてもよかったです。
そして、イタリアのナポリのユースホステルで同室になったドイツ人が、磯崎新氏のことをすごいすごいと絶賛していたのを思い出しました。
ドイツにも名建築を残す磯崎新氏の処女作に触れるというのは、とても貴重なものです。

 

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寸法を意識しているんだろと感じさせる空間の容積はとても心地よいもので、建築の気持ちよさというものを感じることができます。

 

時を越えて活躍する建築というものは本当に素晴らしいです。

 

 

 

 

枚方市三矢町という場所

昨日は、朝から姫路にて新築工事中の美容院の構造材の打ち合わせを行い、その足で枚方市三矢町へ向かいました。

 

特別な場所。

 

初心に戻れる場所。

 

京街道(大坂街道)、大阪と京都の間に位置する宿場町。

 

私にとっての枚方とはこの三矢町のことです。

 

両親は神戸と明石の出身ですが、私はこの町で生まれました。

 

時折訪れては、懐かしくもあり、いろんな新しい気付きもある。

 

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まずは、意賀美神社で挨拶をし、京街道を見下ろすことのできる豊臣秀吉が建てた御茶屋御殿跡で一息。

 

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その傍らには、100本余りの梅林もあります。

 

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子供のころは梅林など興味もなかったし、御茶屋御殿跡があったということも意識に残っていない。

 

しかし今はとても素晴らしい場所だと感じることができる。

 

歳を重ねると、ものの見方というものは当然変わっていくけど、幼少期に潜在的に素晴らしいものだと植えつけられるものが存在することをこの場所に来て認識できる。

 

お寺の数が尋常じゃないくらい多く密集しているのも、他の街をしらなかったので、それが普通で何の疑問も持たず、お寺の瓦屋根にキン消しを投げては転がって落ちてくるのをキャッチするのを楽しむ罰当たりな遊びをしていました(笑)

 

今でもロビンマスクが瓦屋根の上に止まって落ちてこず、登下校のたびに屋根上のロビンマスクの安否を気にして見上げていたのを覚えています。(ある日無くなっていて、ロビンマスクがどうなったのかは未だに分からないままです。。。)

 

そんなことを思い出しながら、車が走ることの困難な細い道を一通り散策すると、小学校の同級生が営む「塩熊商店」へ挨拶に伺います。

 

江戸時代からある商店だとは、子供の頃は知りもしなかったし、この街が歴史深い街だとも知りませんでした。

 

そんな歴史ある街並みが、時代とともに変わっているのがすごく分かります。

 

時間をおいて訪れるので、その変化を感じやすいのでしょう。

 

そんな中、塩熊商店さんが、枚方三矢の活性化に邁進されています。

 

私が住んでいたのはマンションで、当時複数の集団登校のグループがありましたが、今はゼロになってしまったということを聞き驚きました。

 

しかし小学校の子供の数は増えているということです。
駅前にマンションが建ち並び大阪市内や近郊で働く人が増えているという理由です。

 

これはとても複雑な心境なのですが、幼少期に私が住んでいたマンションも当時は、近郊労働者のために建てられたものだと思うことです。三矢町にふさわしくないという反対があったのだろうと今では想像できます。。。

 

古い場所は新しくなり、いずれ他の町と変わらないベッドタウンになってしまうのでしょうか。

 

塩熊さんにて、今でも他とは違う趣のあるこの場所は、私の感性と一体であり、神戸に移り住んでからも素晴らしいと思い続けることのできる歴史残るこの町をなんとかしたいという思いを語らせてもらい、気づくと3時間ほど話こんでしまいました。
(お忙しい中申し訳ない。)

 

建築は常に歴史とともにあり、建築をとおして協力していければと思います。

 

自分が幸せになるための素晴らしい感性を育んでくれたこの町への恩返し。

 

そして、同時にロビンマスクの行方も突き止めることができれば幸いです(笑)

 

 

身近なものを考える=地下鉄=

最近よく地下鉄を利用する。
今日も神奈川で地鎮祭があり、新幹線・新神戸駅までの乗り継ぎで利用しました。

 

電車を待っているときによく考えることがある。

 

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<神戸市営地下鉄・新神戸駅>

 

なぜこんなに殺風景なのか。。。

 

色が少ない。
仮設的。
温かみがない。

 

こんなことを考えてると、電車の待ち時間もすぐに過ぎてしまうけど、
こんなことを考えて時間が過ぎるよりも、もっと心地よく過ごせないものか。。。

 

路面電車と違って、自然光がないので、空気も比較的どんよりとしています。
さあどうしたものか。
もっと心地よい空間だと、待ち時間も楽しいのにと、
ふと、フランス・パリの地下鉄のことを思い出します。

 

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「cluny la sorbonne」
国立中世美術館近くにある地下鉄の駅。

 

ひとり旅の寂しさを癒してくれた駅です。

 

駅がひとつの空間として演出されています。
ホームの上部から広がる明かりは、ヴォールトの天井面を舐めて、
必要なところは明るく、全体としてここちよい明かるさの空間に。
おのずと天井を見上げてしまうような素晴らしい演出です。

 

防犯や安全などいろいろ考えることもあると思いますが、気持ちも豊かになるとそういった面でも有効だと思います。
圧倒的な空間だと、ホームでの歩きスマホも減るかもしれませんね。

 

電車に乗るためだけの場所ではなく、そこで過ごす場所ととらえれば、また違った移動のあり方が生まれてくると思います。

 

駅にくると癒される。
駅にくると話が弾む。
駅にくると活力が沸いてくる。

 

いろんな色のある駅を利用することが楽しくなるような、
そんな移動が実現したらもっと素晴らしい毎日になるでしょう。