カテゴリー別アーカイブ: イタリア建築

パラッツォ =Palazzo=

引き続きローマの建築物です。
パラッツォ=宮殿のような大きな建物。
もともと貴族、王族たちなどの為に建てられたもので、現在は公共機関に使用されているものが多い。
この建物は現在フランス大使館となっている、パラッツォ・ファルネーゼ
パラッツォ・ファルネーゼ
1580年ごろに竣工。
小破風と窓回りの柱の連続が古典性を強調しています。
正面中央のバルコニーはミケランジェロが設計しました。
規則正しく、厳格なイメージで、正面中央の主入口兼バルコニーが、全てを統率しています。
壁面に沿って、一般の人が座れるようになっているのが、にくいっ!!


次はパラッツォ・デッラ・カンチェッレリーア
教皇庁の司法機関として使用された、ローマの初期ルネサンスの代表作。1513年頃竣工。
パラッツォ・デッラ・カンチェッレリーア


そして、パラッツォ・マッシモ
パラッツォ・マッシモ2
通りに沿って湾曲したファサードで、ポルティコがアクセントを作り・・・、
ポ、ポルティコ!?
同僚ヒロシ 「ポルティコって何でしたっけ?」「なんかヒント出してくださいよ。」
「そうやな~伏見稲荷大社の千本鳥居は、ある意味ポルティコやな。」
「法隆寺のポルティコは力強いな~。」
同僚ヒロシ 「場所のことですかね?こんどはボクから質問します。」
同僚ヒロシ 「○○邸にポルティコはありますかね?」
「一般家庭にポルティコは、ほとんどないよ。あるとしたら結構な金持ちかな。」
同僚ヒロシ 「明石海峡大橋を上から見るのと、下から見るのとではどっちがポルティコですかね。」
「ヒロシよ、ポルティコは基本、下やで。」
同僚ヒロシ 「アカン!わからへん!!」
ローマ噴水
ヒロシ!アウトー!!
ポルティコとは、
建物の玄関に導く、あるいは柱列として拡がるポーチであり、柱で支えられるか壁で囲まれた歩道上に屋根がある構造である。
パラッツォ・マッシモ
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パンテオン =Pantheon=

久しぶりに建築物について書きます。マジメに
建築関係以外の友達には、建築のことを書くと不評なようです。
何書いてるのか分からない、マジメすぎておもしろくない・・・などなど。
建築は写真や文章で分かるようなものではないので、実際に訪れて感じるべきだと思います。
有名な建築物に限らず、住宅の完成見学会や、住宅展示場もそうだと思います。
今回のブログで紹介する建物も、体験せずには語れない建物のひとつではないでしょうか。
パンテオン1
パンテオン、古代ローマ建築の中でも完璧な状態で残る円堂。
現在見られるものは2代目で、125年に再建されたものです。
直径43.3mの円が内接するドームの頂部に9mの開口が空いています。
なんとレンガ造の壁厚は6m
これだけでもこの建物の重厚さ、荘厳さが伝わるようです。
しかし、本当に素晴らしいのは、頂部の穴から差し込む、そしてその光が、ドームの内側を伝って、床にまで達します。
パンテオン2
その真下に立つと、吸い込まれそうな感覚と、光に包み込まれる感覚とを同時に味わうことができます。
そして私は、本当の光の意味を知らないんだ、と考えました。
日々過ごしている中で、光の意味など考える必要はありませんし、考えて分かるようなものでもない。
ましてや、利用できるものでもないような気がします。
よく分りませんが、こんな感覚を受けたのをよく覚えています。
やはり、訪れてみないと分からない部分はたくさんあります。
そして、その部分が最も大切であったりするのです。
パンテオン3
この建物はパンテオン
同僚のヒロシにこの建物の写真を見せると、
「パルテノンに似てる名前ですよね!」
「そうや!パンテノンや!!」

惜しい・・・。
一回、見に行ってこい・・・。
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サン・ピエトロ大聖堂 =Basilica di San Pietoro=

サン・ピエトロ大聖堂。
サン・ピエトロ大聖堂5
ローマ市内にある、世界最小の独立国家「バチカン市国」にある大聖堂。
世界遺産としても指定されています。
サン・ピエトロ大聖堂1
その国土は東京ディズニーランドよりも狭いんです。
しかしこの国の知名度は、東京ディズニーランドなど比べものにならないくらい大きいのです。
サン・ピエトロ大聖堂2
<屋上より>
この国はカトリック協会の総本山で、ローマ皇帝(法王)が暮らす場所です。
「サン・ピエトロ」とは聖ペトロのことで、イエス・キリストに従った使途たちのリーダー。
全キリスト教諸教派において聖人とされた、偉大な人物です。
彼のお墓があったとされる場所に、このサン・ピエトロ大聖堂は建てられました。
そのお墓はただの伝承であると思われていましたが、1939年以降の調査で、この聖堂の主祭壇の下の地下墓所を学術的調査を行ったところ、
参拝に訪れた人々の落書きや、願いごとが書かれているのが見つかり、そこには1世紀の人物で紫色の布で包まれた遺骨が埋葬されていたようです。
サン・ピエトロ大聖堂3 サン・ピエトロ大聖堂4
<左:主祭壇/右:外部回廊>
1949年にペトロの遺骨であるということが発表され、事実であったことが報じられました。
カトリック信者にとっては、はかりしれない衝撃だったのではないでしょうか?
それにしても、流石にスケールの大きな聖堂です。
いろんな聖堂を見てきましたが、抜群の存在感でした。
ついでにその他の大聖堂についても調べていたところ、興味深いものを発見しました。
ドイツのコスモス社の「大聖堂」というボードゲームです。
プレイヤーは建築家になり、有能な職人や資材を集めて、ボード上に大聖堂を建築していくゲームみたいです。
ドイツゲーム賞2007年に堂々の1位を獲得したようです。
(どれだけすごい賞かわかりませんが・・・。)
こういったことからも、西洋文化における大聖堂の重要性が伝わってくるようです。
日本でも「法隆寺」というボードゲームを出してみてはどうでしょうか?
プレイヤーはそれぞれ聖徳太子になり、法隆寺を建立する過程を経て、どのプレイヤーがいちばん聖徳太子らしいかを競うというゲーム。
聖徳太子らしさを競うという面で、ニッチ市場としてそこそこ売れると思うんだけどなぁ~。
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トレヴィの泉 =Fontana di Trevi=

古代の水道改修にあわせて、設計競技により1762年に完成した噴水。
この噴水は海神ポセイドンを中心にポーリ宮殿という建築の外壁と一体に計画されています。
トレヴィの泉2
ポーリ宮殿」という風に初めて耳にする人も多くおられると思います。
トレヴィの泉の圧倒的な知名度に対して霞んだ存在になっていることが分かります。
ふと、このようなケースは珍しいと思いました。
例えば日本でいうなら、
「石庭」⇔「竜安寺」
「金の鯱」⇔「名古屋城」
「五重塔」⇔「法隆寺」「東寺」etc
建物の名前のほうが、それに存する有名なものよりも知名度が高いか同等である場合が多いです。
トレヴィの泉1
そしてこの有名なトレヴィの泉には、泉に対して後ろを向いてコインを投げ入れると願いごとが叶うと言われています。
1枚だとこの場所に再び訪れることができ、
2枚だと大切な人と一生一緒に過ごすことができ、
3枚だと恋人や夫、妻と別れることができます・・・。
3枚投げている人を見ると少し複雑な気分になりそうですよね。
こういうのはどうでしょう


4枚・・・仲直りする
5枚・・・病気が治る
6枚・・・美しくなる




50枚・・・北欧の旅7日間


100枚・・・サッカー選手になる


1000枚・・・宇宙旅行3日間


一覧にして観光客に渡す、若しくは都市伝説的に広めると、トレヴィの泉がコインいっぱいに埋まるかも☆
この泉に集まったコインの半分はカトリック系チャリティ団体に寄付されるそうです。
残りの半分は、ポーリ宮殿
・・・いつでも協力しますよポーリ宮殿さんjejeje・・・
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